河童が覗いた50人の仕事場/妹尾 河童
2005年8月31日 読書
河童が覗いたシリーズは昔から大好きでした。
私は本を読むのが早い方なんですけどこの本は200頁ちょっとな割にものすごい時間がかかりました。それは勿論絵を眺めて楽しみながら読んでいるからなんですけど、この本は仕事場を覗かせてもらった河童さんが絵と文で紹介する形式で新聞連載されていたものをまとめたものです。
覗かれた人からの河童さんに対する覗きかえすコメントも添えられているのも楽しい趣向でした。
さらっと流すかと思ったんですけど、もしかして河童さんの本て手にした事がないって人が居たら!と思って追加(ここ10年位新刊がない様子なので)
一時「少年H」が話題になったからそれでご存知の方も居るかもしれないですね。舞台美術家が本業なんですけど、特徴的なのが俯瞰図のイラストを描くことで、これがまた実に緻密なのです。
警察で指名手配の犯人を似顔絵で載せていることがよくありますけれど、あれはモンタージュ写真とは違って手書きの似顔絵には写真では表しきれない細かな表現が可能だということらしいのですけど、河童さんの手書きの細密イラストには正にそれを感じます。
裏方のお仕事なので、表に出る事はあんまり無いんですけど昔いいともにゲストで出られた時の放送をたまたま見たことがあります。
河童さんについてはとに角”子供”みたいな人って書かれているのをよく目にするので一体どんな人かしらって思っていたのですがほんとほんと!
もう一目でああ子供だ!って思いましたよ。だけど列記とした大人なので、あの興味を持った事にぐいぐい突っ込んで行くエネルギーも(ここが子供だと評される所以だと思うのですが)さながら、私はあのぎょろっとした目にうわっと思いました。
あの目玉で見られた日にはこれはタマランと思ったのですね。全てを見透かしてしまいそうな澄んだ大きな目の前には大人の建前だとかは全部ふっとんでしまいそう、そんな方でした。
覗いたシリーズは、河童が覗いたヨーロッパ(私はこの本で河童さんを知ったのです)河童が覗いたニッポン、河童が覗いたインドなんかもあってどれもこれも読んで楽しく見て楽しい、買って手元に置いておきたい一冊です。
そうそう、この河童ってなんだ?って思うでしょう?河童ってのは驚くなかれ彼の本名なのですよ、それも親はちゃんと肇という名前をつけてくれたのに、河童というあだ名が浸透しすぎてとうとう裁判所に名前を変えていいですか?のお伺いを立てて変更するんです。愉快でしょう?その裁判所に提出した文章もね、河童さんの著書の中に出てきます。
どうぞ探して読んでみてください。
ちょびっと暇が出来たので、ワインなんぞまったり飲んで夜を過ごしています。
先日、古くからの友人と電話でたらたら話しました。我々幼稚園の頃からの無二の友であって、飲み友達でもある。お互いに酒に強い。
で、時々酒飲み哲学について語ることもあるんでやんすが、先日のお題は飲めない人はどうすべきかという問題でした。友達の母上が体質的にアルコールを受け付けない性質であるんですが友達と一緒だと無理して飲んで帰ってくるのよとわが友の心配はそこにありました。
ふーん。飲めないのに飲むんだー。ふーん、と私の返答の声は冷え冷えとしていました。
我々はもう腹の内をざっくり晒す仲なので、友達のどうよ?の意見に
「見苦しいな」と一言本音で答えました。
まず体質的に受け付けないのに無理して飲むのが見苦しい。そんなの酒に対する冒涜だ!と私は思うんですねー。更に、その飲めない人に対して少しくらい平気よなんつって酒を勧める周りの飲兵衛どもはですね、同じ酒飲みから言わせると酒飲みの風上にも置けないです、そんなヤツラ!
体質的に飲めない人に薦めるなんて愚の骨頂だと思いませんか?どうしてほっといてやらない、どうしてノンアルコール飲料をこっそり勧めてなんで誤魔化してやるくらいの配慮が出来ないんだ、もうサイテーじゃん。
酒に対す冒涜も甚だしい!と私は怒りました。それから友達のお母様は不運だなとも思いました。そんな人しか友達がいなくて。
勿論、酒飲みには酒飲みの哲学があって、例えば私がよくつるんで酒を飲んでいた仲間達にも掟があってですね、それは翌日はけろっとした顔で出社してちゃんと仕事をすることと言う無言の掟でした。
それを守れる人だけが次回の酒宴への招待状を手にする訳ですよ。酒飲みもなかなかきびしーのです。
見苦しく潰れたり次の日休んだりするなど論外。そんなヤツらはもう脱落者なのだ。
私は本を読むのが早い方なんですけどこの本は200頁ちょっとな割にものすごい時間がかかりました。それは勿論絵を眺めて楽しみながら読んでいるからなんですけど、この本は仕事場を覗かせてもらった河童さんが絵と文で紹介する形式で新聞連載されていたものをまとめたものです。
覗かれた人からの河童さんに対する覗きかえすコメントも添えられているのも楽しい趣向でした。
さらっと流すかと思ったんですけど、もしかして河童さんの本て手にした事がないって人が居たら!と思って追加(ここ10年位新刊がない様子なので)
一時「少年H」が話題になったからそれでご存知の方も居るかもしれないですね。舞台美術家が本業なんですけど、特徴的なのが俯瞰図のイラストを描くことで、これがまた実に緻密なのです。
警察で指名手配の犯人を似顔絵で載せていることがよくありますけれど、あれはモンタージュ写真とは違って手書きの似顔絵には写真では表しきれない細かな表現が可能だということらしいのですけど、河童さんの手書きの細密イラストには正にそれを感じます。
裏方のお仕事なので、表に出る事はあんまり無いんですけど昔いいともにゲストで出られた時の放送をたまたま見たことがあります。
河童さんについてはとに角”子供”みたいな人って書かれているのをよく目にするので一体どんな人かしらって思っていたのですがほんとほんと!
もう一目でああ子供だ!って思いましたよ。だけど列記とした大人なので、あの興味を持った事にぐいぐい突っ込んで行くエネルギーも(ここが子供だと評される所以だと思うのですが)さながら、私はあのぎょろっとした目にうわっと思いました。
あの目玉で見られた日にはこれはタマランと思ったのですね。全てを見透かしてしまいそうな澄んだ大きな目の前には大人の建前だとかは全部ふっとんでしまいそう、そんな方でした。
覗いたシリーズは、河童が覗いたヨーロッパ(私はこの本で河童さんを知ったのです)河童が覗いたニッポン、河童が覗いたインドなんかもあってどれもこれも読んで楽しく見て楽しい、買って手元に置いておきたい一冊です。
そうそう、この河童ってなんだ?って思うでしょう?河童ってのは驚くなかれ彼の本名なのですよ、それも親はちゃんと肇という名前をつけてくれたのに、河童というあだ名が浸透しすぎてとうとう裁判所に名前を変えていいですか?のお伺いを立てて変更するんです。愉快でしょう?その裁判所に提出した文章もね、河童さんの著書の中に出てきます。
どうぞ探して読んでみてください。
ちょびっと暇が出来たので、ワインなんぞまったり飲んで夜を過ごしています。
先日、古くからの友人と電話でたらたら話しました。我々幼稚園の頃からの無二の友であって、飲み友達でもある。お互いに酒に強い。
で、時々酒飲み哲学について語ることもあるんでやんすが、先日のお題は飲めない人はどうすべきかという問題でした。友達の母上が体質的にアルコールを受け付けない性質であるんですが友達と一緒だと無理して飲んで帰ってくるのよとわが友の心配はそこにありました。
ふーん。飲めないのに飲むんだー。ふーん、と私の返答の声は冷え冷えとしていました。
我々はもう腹の内をざっくり晒す仲なので、友達のどうよ?の意見に
「見苦しいな」と一言本音で答えました。
まず体質的に受け付けないのに無理して飲むのが見苦しい。そんなの酒に対する冒涜だ!と私は思うんですねー。更に、その飲めない人に対して少しくらい平気よなんつって酒を勧める周りの飲兵衛どもはですね、同じ酒飲みから言わせると酒飲みの風上にも置けないです、そんなヤツラ!
体質的に飲めない人に薦めるなんて愚の骨頂だと思いませんか?どうしてほっといてやらない、どうしてノンアルコール飲料をこっそり勧めてなんで誤魔化してやるくらいの配慮が出来ないんだ、もうサイテーじゃん。
酒に対す冒涜も甚だしい!と私は怒りました。それから友達のお母様は不運だなとも思いました。そんな人しか友達がいなくて。
勿論、酒飲みには酒飲みの哲学があって、例えば私がよくつるんで酒を飲んでいた仲間達にも掟があってですね、それは翌日はけろっとした顔で出社してちゃんと仕事をすることと言う無言の掟でした。
それを守れる人だけが次回の酒宴への招待状を手にする訳ですよ。酒飲みもなかなかきびしーのです。
見苦しく潰れたり次の日休んだりするなど論外。そんなヤツらはもう脱落者なのだ。
コメント